2009年11月04日

俺はどっちでもいいけど。

最近お気に入りの語尾。
「俺はどっちでもいいけど」

使ったことないけどね。。

だかこそここで使おう!俺はどっちでもいいけど。

もうすぐ大学生活も終わりだ。俺はどっちでもいいけど。

最近寒いよね。俺はどっちでもいいけど。

買い物しておしゃれした方がいいんじゃない、俺。俺はどっちでもいいけど。

卒論進まない。オレハドッチデモイイケド。


よくねーよ!!

卒論書かなきゃあせあせ(飛び散る汗)
posted by なっすー at 18:05| 京都 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 日常日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月02日

人造昆虫 カブトボーグ V×V

今回、新しいカテゴリーを作りました!!

カテゴリー名は「カブトボーグ」だ右斜め上

この「カブトボーグ」とは、タカラトミーが販売した玩具、「カブトボーグ」の促販アニメのことです。

アニメの正式名称は、
人造昆虫 カブトボーグ V×V((じんぞうこんちゅうカブトボーグ ビクトリーバイビクトリー)
といいます。

このアニメの位置づけを簡単に説明すると、
ミニ四駆に対するレッツ&ゴーみたいなものです。

すなわち、ミニ四駆=カブトボーグ(おもちゃ)
     レッツ&ゴー=人造昆虫カブトボーグ(促販アニメ)
の対応関係です。

このアニメ内でもレッツ&ゴーのように
カブトボーグが使い手の気持ちに共鳴して現実離れした動きを見せてくれます。

因みに、僕が見る限りレッツ&ゴーとカブトボーグの大きな違いは、次の3点。

@基本的に、”世界中”の人がカブトボーグに熱い情熱を持っており、ほとんどすべてのことがボーグバトル(カブトボーグを使用しての決闘)で決定される。

A会話が一部秀逸。(時には意味不明)
名言例:「ごめんですんだらNewYorkPoliceDeparatmentはいらねえんだよ!」

B主人公が外道(カブトボーグ視聴者からは畏怖の念をこめてリュウセイさんと呼ばれている)。基本的に自分の環境第一。


それにしてもなぜこのアニメのためにわざわざカテゴリーまで作ったのか。。
自分でもよくわかりません。

しかし、だからこそ言おう!

このアニメは、最高だぁーーー!!!


詳しくは、この記事末につけたWikipediaへのリンクを参照して下さい。また、DVDを借りて実際にアニメを観るのも良いでしょう。

Wikiリンク↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%80%A0%E6%98%86%E8%99%AB%E3%82%AB%E3%83%96%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%B0_V%C3%97V
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2009年10月29日

自己分析バトン

友達のブログにあった自己分析バトン(20世紀少年編)が
面白そうだったので、やってみました。

◆小学生の頃は何て呼ばれてた?
てっぴー

◆小学生の頃、作文に書いた将来の夢を覚えてる?それは何?
ピアニストとか総理大臣って書いていました。

◆小学生の頃、褒められたことは何かある?
合唱部で歌い方がよいと褒められた。
なぜ今はこんな音痴に。。。ふらふら

◆逆によく叱られたのはどんな時?
宿題していない時。部屋の掃除。

◆小学生の頃、一番夢中になった出来事・行動は?
夏は水泳。冬はホッケー。

◆小学生の頃、皆に言って回りたいほど嬉しかった出来事は?
水泳教室で、5年生からしかさせてもらえない台からの飛び込みを4年生の時にさせてもらえたこと。僕のほかにも水泳できた子が飛び込みした。(実際には言って回ったりはしてないよ)

◆小学生の頃、叱られる以外で涙を流したことは?それはどんな時?
余裕だと思っていた進研ゼミが意外に難しくて解けなかった時。
喧嘩の途中で止められたとき。
皆が心配してくれた時。

◆小学生の頃、あなたが人に感謝の気持ちを持った出来事は?
小学生の頃に感謝したことは思い出せないけど、今になって感謝することはたくさんある。

◆タイムスリップして、小学校卒業式の日のあなたに会いました。一言だけ褒めてあげたいことは何?
小学校で夏に開く水泳教室に入る決断をしたこと。
親に行かされたスイミングスクールはあれだけ嫌いだったのに。

◆逆に今のあなたに会ってしまったあの日の自分は、あなたにどんな言葉をかけるだろう?
「まあまあかな。」

◆大人になったあなた、今でも変わらないあなたの強みは何?
自分の可能性を信じて疑わないこと。

◆そして、今でも変わらない、かけがえのないものは何?
友達

◆小学生の頃を思って目を閉じてみる・・・真っ先に心に浮かぶ思い出の光景は?
校舎

元ネタはこちらからいただきました。ありがとうございます。
http://blogs.yahoo.co.jp/ks690630o/folder/52426.html?m=lc&p=3
タグ:自己分析
posted by なっすー at 01:34| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月28日

初めて記憶とんだ。

昨日学部の飲み会があって、
がんがん飲みました。(飲まされたのほうが正しいかも)

そこで調子乗って飲みすぎて
吐きました。

様々な方にご迷惑をおかけして申し訳ありません。

それで初めて記憶が飛びました。

2軒目のアンナチュラルでの記憶が
「吐いたこと」
「お店に入ったこと」
の2点ぐらいしか記憶にない。

最近は、部活でも上回生になって
下に弱いところあんまり見せられないから
酔ってもある程度で止まっていたんだけど
さすがに同回生同士の飲みではそのリミッターがはずれたんかな。

なんか今日を台無しにしたりとか、
いろいろ失ったものがあるけれど、
記憶なくすくらいまで飲めたっていうのが
嬉しい。

ほんとに昨日一緒に飲んでくれた方々、
ありがとうございました。


posted by なっすー at 17:58| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月02日

アンパンマンキャラクター格ゲー風

すっごいかっこいいアンパンマンたちです。
はまってしまいました。

にこにこ動画に登録して見る価値はあるとおもいます。



posted by なっすー at 00:26| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月08日

バブル崩壊の根っこ、抵当

今日は友人と飲みました。

その中で「抵当」と「質」の話があがりました。
銀行の貸出の担保にはこの2種類があるそうです。

「質」は質入と言うように、物を売って得たお金。
すなわち、物の使用権はお金の貸出側にある。

そして「抵当(ていとう)」は、お金を返せない時に支払うもの。
例えば、家。
家を抵当にしてお金を借りるということは、
家の使用権自体はお金を借りる側にあって、万が一お金の返済が不可能の時だけ、家の権利を譲るというもの。

なるほど、担保となる物の「使用権」がどちらにあるかで違うんですね。

さて、バブルはなぜ崩壊したか。

それはこの「抵当」に問題があったようです。
つまり、「抵当」としてお金を貸す時の時価で土地を鑑定したことが原因らしいです。

例えば、貸し出し当時の土地の時価が1億で、
物件の差し押さえをした時期の時価が1000万円だったら、
差額は9000万円で、貸した側は9000万円取りっぱぐれるわけです。

そしたら、銀行は赤字なわけで、赤字ならあんまり企業にお金も貸さないし、、、、
みたいな感じで悪循環に陥ったようです。


実際の原因としては、法律等々の問題もあったでしょうが、
根っこの部分はこんな感じのはずです。

この問題で一番不思議なことは、不思議がないってことです。

今日見たものが明日同じ値打ちでない可能性があることぐらい想像すれば分かりそうなもの。
しかし、分からなかった。

人は時に「当然考えられそうなこと」、ですら見落とすものなのですね。
posted by なっすー at 02:38| 京都 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月07日

見る時の意識

最近、物を見るときの目の意識をどこにおくかっていうのに注意を払っています。

目の先というか、目の表面で見ている意識でいると、
どうも目が疲れるというか、表面だけの映像が身体とぶつかり合っているような感じを受けます。
これは、僕の今までの目の使い方です。

しかし、それに対して最近気づいたのですが、
胴体上部の中心とか、頭蓋骨の中心、もしくは後頭部あたりで物を見る意識を持つと、
物が立体に感じるというか、身体の奥行きを感じるというか、
少し一体感のようなものを感じます。

学校の理科の授業では、人は網膜で物を捉えて、
それを能に送っているから、前者の意識の方が一般的というか構造的に正しいのでしょうが、
身体の反応はそれとは別のようです。

目が物を見る器官だから、目に意識を向ければ物が「よく」見える、
というわけでは、ないということでしょうか。
このあたりに、生命体としての人間の面白さがあるような気がします。

ちょっと以前の日本人が、丹田や肚などと実際の器官とは
全く別の意識地点を持っていたこともこのことと関るのではないでしょうか。

人間って、面白い。
posted by なっすー at 00:26| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月04日

文脈のない言葉

この前京都駅周辺を歩いていたら、

「スタートへ戻って、またゴールへ向かえ」

と書いた葉書を路上で売っている人がいた。
おそらく、自分で考えた言葉を葉書につらつらと書いて売るという
趣味の人だろう。
街中を歩くとたまにこういう趣味に人を見かける。

しかし、不思議な言葉だ。
スタートに戻ってまたゴールへ向かうとはなんのことだろう。

今がゴールへ向かう途中なのだとしたら、なぜスタートに戻る必要があるのか。

基本に立ち返ってもう一度やり直せってことだろうか。

しかし、それにしてはおかしな表現だ。
なんだか100m走を延々と繰り返せ、って言われているかのよう。

そして次に思うのが、なぜこの人にこんなことを言われなければならないの、ということ。

この人は、僕にとって何なのだ?
なぜ見ず知らずの人間に突然こんな言葉を突きつけられなければならないのか。

そもそも言葉は文脈、流れがあってこそ初めて意味を成すものだろう。

それなのに、こんな急に言葉だけ切り取られても。。。

なんなんだろう。
なんだか全然意味が分からない。
posted by なっすー at 00:56| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

安吾の堕落論に関して

安吾の堕落論もとにを文章を書いていた方がいて、
その方のブログでは、堕落論でいう「堕落」を
夏休みの宿題を最後までせずにいるというような「堕落した生活」の
堕落と同じ意味で捉えているように感じました。
以下はそれに対する反論(?)です。
(本当は直接コメントすればいいのだけれど、yahooブログのコメントの使い方が分からなかった。)


僕が堕落論を読んだ限りでは、堕落論の「堕落」は
現在でいう堕落した生活の堕落とは少し違ったもののように思います。

安吾がここで言いたかった堕落とは、
恥じる生活をするのなら死を選べとでもいったような
戦前の価値観にとらわれた考えからみたら堕落に見える、
すなわち、負けたにもかかわらず闇屋として生きるなどの生にしがみつく行為のこと
を言っていると思います。

なので、堕落論の中で安吾が言いたかったことは、
決して堕落の推奨などではなく、次のようなこと。

戦後まもなくの生にしがみつく生活は戦前の価値観から見れば堕落とも見える。
しかし、生きる人々はその生活に後ろめたさを感じる必要なんてない。
今を生きているこの人がすべてであり、それを邪魔する戦前の価値観なんて糞食らえ!
もしこの生活を堕落と呼ぶなら呼ぶがいいさ。僕らは堕落しても生きてよいのだ。

そしてこれは戦後間もない頃に生き、戦前と戦後の価値観の相異で
生を揺さぶられている人々に対する励ましの言葉であると考えます。

堕落論を読んだことある方に何かしらのコメントをいただければ幸いです。



堕落論 (角川文庫)

堕落論 (角川文庫)

  • 作者: 坂口 安吾
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2007/06
  • メディア: 文庫



posted by なっすー at 02:31| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カルボナーラの作り方

最近、カルボナーラをよく作ります。

あれって、料理雑誌なんかをみると生クリームを使っているのが多いんですが、
本場イタリアでは卵を全卵使用して生クリーム無しで作っているらしいですね。

それでもかなり濃厚な味になって美味しいですよ。

作り方に関してとても参考になった動画があるのでご紹介します。

posted by なっすー at 02:02| 京都 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする